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2013年8月22日木曜日

訃報 藤圭子 享年62歳

歌手 藤圭子さんが亡くなりました。
怨歌(夜の世界に生きる女の感情をリアルに描いた陰鬱な歌)を深々と歌い上げ、'60年代終わりから'70年代初めにかけて一世を風靡しました。



幼少の頃から浪曲歌手の父と三味線瞽女の母に同行し、旅回りの生活を送りました。勉強好きで成績優秀でしたが、貧しい生活を支えるために高校進学を断念したそうです。
17歳の時にさっぽろ雪まつりのステージで歌う姿が音楽業界関係者の目に留まり、上京。'69年「新宿の女」でデビューしました。
ファースト・アルバム『新宿の女』は20週連続1位となり、ファースト・アルバムから4ヶ月後にリリースしたセカンド・アルバム『女のブルース』は17週連続1位を記録するという、空前絶後の記録を残しました。'70年4月にリリースした「圭子の夢は夜ひらく」の大ヒットで、NHK 紅白歌合戦に出演しました。

ところで、「圭子の夢は夜ひらく」は、'66年に園まりが発売した「夢は夜ひらく」のカバーで、もともとの原曲は練馬少年鑑別所で歌われていた曲を曾根幸明が採譜・補作したものだそうで、数多くの歌詞の異なるヴァージョンが存在します。


ご冥福をお祈り致します。

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2013年8月21日水曜日

訃報 Cedar Walton〔シダー・ウォルトン〕 享年79歳

モダン・ジャズ界の巨匠ピアニスト、シダー・ウォルトンが亡くなりました。


大学卒業後、'50年代中頃にニューヨークへ出た彼はケニー・ドーハムのバンドに加わり、音楽活動を始めました。以後、ジジ・グライスジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』の録音に参加しました。
'60年代の初め、ピアニスト、アレンジャーとしてアート・ブレイキージャズ・メッセンジャーズに3年間籍を置き、ウェイン・ショーターフレディ・ハバードカーティス・フラーらと活動。ジャズ・メッセンジャーズ時代には「ugetsu」など、日本にちなんだ曲もつくりました。'64年、ジャズ・メッセンジャーズを脱退後は、様々なミュージシャンと演奏を行っており、サム・ジョーンズビリー・ヒギンスらと日本にも来日しています。渡辺貞夫笠井紀美子山本剛鈴木勲など、日本のジャズ・ミュージシャンとの共演も多数ありました。

ご冥福をお祈り致します。

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2013年8月17日土曜日

訃報 Eydie Gorme〔イーディ・ゴーメ〕 享年84歳

永遠の名盤『恋はボサノバ(Blame It On Bossa Nova)』で知られる米ポップス歌手、イーディ・ゴーメが亡くなりました。



ニューヨークで、ユダヤ系の両親の間に生まれ、高校卒業後、トミー・タッカー楽団で、デビューを果たしました。'57年に、歌手のスティーブ・ローレンスと結婚。'63年に、邦題「恋はボサノバ」(Blame It on the Bossa Nova)が大ヒットとなり、全米レコード協会よりゴールドディスクと認定されました。ボサノヴァの有名曲  「Recado」に英詞をつけた「ザ・ギフト」もジャズのスタンダード・ナンバーとして定着しています。
'95年、ソングライターズ・ホール・オブ・フェイム(Songwriters Hall of Fame) に、夫のスティーブ・ローレンスと共に、殿堂入りを果たし、夫とのツアーは2000年代まで続いていました。

夫のローレンス氏は<イーディーとは55年以上の間、ステージでも私生活でもいつも一緒だった。彼女には一目惚れだったが、彼女の歌声を聞いてより一層好きになった>と述べ、<世界は偉大なポップ歌手を失った>と付け加えました。

まさに、その言葉通り、またひとり偉大なるシンガーがこの世を去ってしまったことが残念でなりません。

ご冥福をお祈り致します。

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2013年8月15日木曜日

訃報 山口冨士夫 享年64歳

伝説のバンド 村八分 のギタリストで、“日本のロック”をつくった重要人物である、
山口冨士夫さんが亡くなりました。


'67年、ザ・ダイナマイツのギタリストとしてデビュー。デビュー曲「トンネル天国」がヒットしますが、バンドは'69年大晦日のステージで解散。'70年代初頭に盟友であるチャー坊〔柴田和志〕と共に、伝説のバンド村八分を結成し、 当時まだ混沌としていた日本のロック界に風穴をあけました。'73年、村八分解散後は、ソロ・アルバム『ひまつぶし』を発表し、その後はリゾート、裸のラリーズ、タンブリングス、ティアドロップスなどで精力的なライブ活動を展開しました。

近年、体調を崩し、闘病生活を送っていましたが、'08年よりライブ活動を再開。断続的なライブ活動はリハビリも兼ねていたそうですが、力強く、貫禄あるライブ・パフォーマンスだったそうです。

ご冥福をお祈り致します。

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2013年8月7日水曜日

訃報 George Duke〔ジョージ・デューク〕 享年67歳

ジャズ・ピアニストのパイオニア的存在で、コンポーザー、プロデューサー、歌手としても知られているジョージ・デュークが亡くなりました。


米カリフォルニア州サン・ラファエル生まれ。ピアノをはじめたきっかけは、母親に連れて行かれたデューク・エリントンのコンサートだったそうで、7歳からピアノの教育を受け始めました。16歳の時、高校の仲間と時代にグループを組み、ジャズを演奏しはじめ、この頃はマイルス・デイヴィスやソウル・ジャズに多大な影響を受けていました。サンフランシスコ音楽院ではトロンボーンと作曲を専攻。在学中にはアル・ジャロウとグループを組んでクラブで演奏していたそうです。'70年代に入るとキャノンボール・アダレイクインシー・ジョーンズフランク・ザッパビリー・コブハムのグループに参加して、徐々に知名度を上げていきました。
'77年にEpic / CBSでアルバム『From Me To You』をリリース。持ち前のファンキーなプレイで、当時ブームだったディスコ・サウンドへ傾倒していき、この時期に古くからの盟友、スタンリー・クラークと、Clarke / Duke Projectで3枚のアルバムを発表しています。
'85年にワーナー・ミュージックのエレクトラ・レコードに移籍。アルバム『Thief In The Night』、他2枚のアルバムを発表しつつも、並行してプロデュース業にも才能を発揮します。'92年にワーナー・ブラザーズ・レコードに移り、アルバム『Snapshot』を発表。
'02年になるとマイナー・レーベルのピザーレ・プラネットに移籍し、3作発表した後、'08年にはヘッズ・アップに移籍して、アルバム『Dukey Treats』を発表しました。闘病中も音楽への情熱は消えることなく、先月アルバム『DreamWeaver』をリリースしたばかりでした。

彼は、ジャズだけ留まることなく、マイルス・デイヴィスフランク・ザッパグラディス・ナイトアニタ・ベーカーマイケル・ジャクソンなど、ファンク、R&B、ポップ、ディスコなど多岐にわたるジャンルのアーティストと共演して、数々の名演を生み出しました。もちろん若い世代のアーティストにも大きな影響を与えており、彼の音楽は新世代アーティストを通じて後世に語り継がれ、残りつづけていくことでしょう。

ご冥福をお祈り致します。

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2013年7月29日月曜日

訃報 JJ Cale〔J・J・ケイル〕 享年74歳

エリック・クラプトンほか、多くのアーティストが憧れ、尊敬している、シンガーソングライター、そしてタルサ・サウンドの創始者として知られるJJ Caleが亡くなりました。



オクラホマ州に生まれ、タルサで育ったケイルは、チェット・アトキンスレス・ポールチャック・ベリーなどの影響を受け、'50年代から地元タルサのクラブで音楽活動を始め、同じ地元のミュージシャンであるレオン・ラッセルなどと一緒にプレイしていました。そして60年代半ばにロサンゼルスに移り、スタジオ・エンジニアとして働きつつアーティスト活動を続けますが、'70年にエリック・クラプトンが「アフター・ミッドナイト」を採り上げるまでは、タルサに戻り、音楽業界から身を引くことを考えていたほど、当時ケイルを取り巻く状況は(少なくともアーティストとしては)不遇だったそうです。

その後も、エリック・クラプトンが「コケイン」をカバーしたことはあまりに有名ですが、他にランディ・クロフォードが「ケイジャン・ムーン」、レイナード・スキナードが「コール・ミー・ザ・ブリーズ」や「アイ・ゴット・ザ・セイム・オールド・ブルース」をカバーするなど、多くの有名アーティストがケイルに敬意を評し、曲を採り上げています。

近年では、'04年エリック・クラプトン主催のクロスロード・ギター・フェスティバルに出演、そして'06年エリック・クラプトンと共同名義で『ザ・ロード・トゥ・エスコンディード』を発表するなど、音楽活動がそれまでに増して活発化するなか、'09年アルバム『ロールオン』を発売しました。

ご冥福をお祈り致します。

余談ですが、'06年、前述したエリック・クラプトンとのコラボレーション・アルバム発売時、田舎育ち(もちろん良い意味で)で素朴さまるだしのケイル氏が、Fジテレビの朝の人気情報番組にクラプトン氏とインタビュー出演しているのを観た時にはビックリしました。ある意味メディア慣れしているクラプトン氏とかなり対照的なケイル氏が、朝のFジテレビでぶっきらぼうな口調で話しているわけですから。いや、別にネガティブな印象を受けたわけではなく、これをオンエアしたFジテレビさん(のディレクターさん?もしくはプロデューサーさん?含め)には、すごい!、と膝を打ちましたし、こういった形ででもJJ Cale氏が日本のお茶の間に姿を現すことは良いことだ!と思いました。


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